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天武天皇テンムテンノウ

【別名】
特になし

生:舒明天皇3年(631年)-没:朱鳥元年9月9日(686年10月1日)
第40代に数えられる天皇である(在位:天武天皇2年2月27日(673年3月20日) - 朱鳥元年9月9日(686年10月1日))。漢風諡号である「天武天皇」は、代々の天皇と同様、奈良時代に淡海三船によって撰進され、「天は武王を立てて悪しき王(紂王)を滅ぼした」から名付けられたとされる。

和風(国風)諡号は天渟中原瀛真人天皇(あまのぬなはらおきのまひとのすめらみこと)。この和風諡号は極めて道教的な諡号である。天武13年(684年)10月に旧来の氏姓制度の改革として定められた八色の姓(やくさのかばね)の筆頭が「真人」であった。即位前の名は大海人皇子(おおあまのみこ、おほしあまのみこ、おおさまのみこ)といい、幼少期に養育を受けた凡海氏(海部一族の伴造)にちなむもので当時では養育者より幼名をとるのは慣例だった。また、凡の字が異なるのは諱となることを避けてのことといわれている。舒明天皇の第三皇子で母は宝皇女(皇極天皇)、天智天皇、間人皇女の同母弟であるが、異説もある。

『日本書紀』には才能に恵まれ、武徳に優れ天文・占星の術を得意としたとある[1]。

双六を好んだとされる。臣下を招いて双六を講じた際に臣下に対し褒美を与えたという。

天武天皇の事跡の多くは『日本書紀』に述べられているが『日本書紀』編纂の中心人物が天武天皇の息子の舎人親王であることから、潤色が加えられているとする見解もある。また同書では当初から兄・天智天皇の皇太弟であると記されているが、大友皇子の立太子の事実を否定し天皇の皇位継承を正当化する意図があるとする意見もある。

天武天皇がそれ以前の大王という呼称を「天皇」に改めるよう命じたのではないかと見るものもある。天皇の称号は天武天皇が始めたとする説が広く支持されており、非常に有力となっている。これによれば、天武天皇が事実上の初代天皇だったこととなる(ただし、天皇号をより早く推古期に求める説や、遅く大宝以降とする説もある)。また、宮廷歌人柿本人麻呂の歌にも「大君は神にしませば」で始まる歌があるように天皇自身の存在もそれまでとは違う神格的な存在となっていった。“万葉集”に壬申の乱が平定されてからの歌として、その乱での功臣大伴御行の作品で“大君は神にしませば赤駒の腹這う田居を都となしつ” 大君は神であるので、赤駒が腹までつかるような田んぼまですっかり立派な都につくりかえられた。



【祀られている神社】(以下は祭神名として記載のある神社です。総称がある場合はそちらも参考にしてください)
三栖神社 

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